ここ数年、過去の自分を振り返ることが多くなった。楽しかった思い出や大変だったことなど様々なことを。自分は特別明るい人間ではなく、どちらかと言えば暗い部類の人間であるが、それでも学生時代の頃は今と違い笑うことは多かったように思う。それが今では見る影もない。大人になると人生がつまらないという意見はよく聞くのではないでしょうか?ではなぜ成長するにつれそのような状態になるのか考えてみた。
大人になるにつれ笑うこと、楽しいことが少なくなるのは、好奇心がなくなること、子供のままではいけない、大人にならなければいけない、社会とはこうあるべきだという圧力であると思っている。よく聞くのが学生気分はダメだ。などが代表的なものである。そのようなことを言われ続けたり、そうでなければいけないと思い続けていると人間は本当にそのようになっていくものである。大人になると本音を隠し、自分が悪くなくても謝らなければいけないなど理不尽なことばかりが重なれば心が消耗するのは当然だ。そのようなことを社会とはそういうもんだという言葉で済ませてはいけない。その点、子供や学生たちを見ていると彼ら彼女らは本当に楽しそうに見える。もちろん思春期であったり年代特有の悩みはあるだろうがそれでも今この瞬間を生きている姿から見習うべき点はある。
街を歩いていたり買い物をしていると子供大人問わず楽しそうに笑う人や、笑い声が聞こえてくることがあり、元気だなぁ(皮肉)という気持ちになることがたまにあるがそのような気持ちになる理由は自分でも知っている。それはその人たちに対する羨ましさ、嫉妬から来ているものだと。自分が充実してないから故に他人を羨んでいるのだ。良くないよ。やめよう、こんな考え!。最近の自分は笑うことや、はっちゃけることをしていないせいか心から笑えず、笑おうとしても顔が引きつることばかりだ。11年来の友達と最近会って楽しいはずなのに笑おうとする際に顔が引きつっているのが自分でも分かってしまった。こりゃ重症や、あかんと思った。ふと自分の笑っている顔を鏡で見てみると口だけ笑っていて目が全く笑ってないことに気づいた。体が動いていても心が死んでいれば生きていないのと同じだ。楽しいはずなのに心から笑えないのは正直辛い。まだまだ時間がかかりそうだ。
では大人になっても人生を充実させるにはどうしたらいいだろうかとずっと考えてきた。それは物事に対して興味、好奇心を持つこと。この年になると色々な年代の人と話すことが増える。その時に自分は物を知らなすぎて会話にならないことがあった。映画の話、アニメの話、美味しい食べ物の話など。旬の食べ物なんて言われても全く分からない、ワンピース、鬼滅、ドラゴンボールなど人気アニメも全く分からない、映画タイタニックやETなど誰もが知っている作品も見たことがない。全て興味がないという理由で。今までどうやって生きてきた?と聞かれることもあったが、思え返すとゲームしかしてこなかった。決してゲームが悪いわけでないが、自分自身薄っぺらい人間になっているのは確かだ。映画や食べ物といった感情に大きく触れる経験が少なかったことが今の自分を作り出してしまった。興味ないという一言で片づける、否定してしまうのは非常に簡単だ。案外やってみると面白かったりするものもある。
最近知った言葉で無キャという言葉がある。意味はうまく説明できないが何か熱中しているものも無く、所謂中途半端な人間といったところだろうか。この言葉を聞いたときにまんま自分のことだということに気づいた。現在自分が持っている趣味は、ゲーム、サッカー、筋トレ、最近はできていないが語学勉強くらいだ。昔はそこにファッション、韓流アイドル、音楽であったりなど現在より充実していたあの頃のような気持ちを忘れてしまっている。今自分がするべきこと、したいことは今よりも興味の幅を広げ知識をつけること、楽しいことを見つけることだ。染みついてしまった癖を直すことは簡単なことでないがちょっとずつ取り組んでいければと思う。このようにブログとして文章にすると少し心が軽くなるような気がします。