作成中だった記事が消えてしまいました…
作り直さなければならない。
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個人的な意見で、家で勉強できる人は志が高い人だと思っており、どうしてかというと家は人が最もくつろげる場所で勉強しようにも気の緩みが発生してしまうと思うからです。ゲームやwi-fi環境、漫画など気が散るものがたくさんあるので集中しなさいという方が難しいです。そこで自分の実体験からおすすめの勉強する場所を手短に紹介させていただきます。
以前、外国へ語学勉強しに行った際に受け入れ先の家で勉強しようにも難しくどこですればいいだろうかと考えた時に浮かんだのが公園でした。自習室なども浮かびましたが、室内なので何かとサボりがちになると考え公園にしました。
声に出して覚えたいもの(英単語など)もカフェ、図書館など人が多数いるところでは声に出しづらいこともあると思いますが、公園であれば人はいても人と距離が近いわけではないため、遠慮なく発声することも可能です。家で勉強するよりも何倍も集中できました。(個人談)
お弁当などを持参して勉強の合間に食べるのもいいですよ。お外で食べるご飯は何故か美味しく感じます。🍱
今は、ベンチや机が設置している公園も多いのでそれらを利用して勉強するとよいでしょう。
よく公園のベンチに腰掛けて本や新聞を読んでいる人を見かけますが、いい考えだなと見る度に思います。
ただ、気候の問題もあり公園で勉強をできる期間は限られてきますが…(夏冬は厳しい…)
今回のブログも公園のブランコに座りながら書きました。
✕ 12月・1月・2月(寒い為厳しい。虫はいない)
◎ 3月・4月・5月(1番おすすめ。暖かい)
△ 6月(梅雨のため様子を見ながら)
△〜✕ 7月・8月(影があればいいのですが…後虫もいるので場所によっては厳しい)
◯ 9月・10月・11月(2番目におすすめの時期)
最近、ジムに設置してあるランニングマシンから、外でのランニングに切り替えました。すると体の変化に気づきました。
以前と比べて明らかに足が遅くなったことと、スタミナの低下でした。ランニングマシンも外でのランニングも走っていることに変わりはないはずなのに、何故か外で走ると息切れが早く、1km走っただけで、足が重くなりフォームも崩れてしまい…という散々なものでした。
それから、長距離のような持久走だでなく短距離走にも挑戦してみました。短距離のダッシュ運動は大人になるとすることがほとんどないですよね恐らく。
好奇心から自分の走っている姿をスマートフォンで撮影したいと思い、撮った映像を見返した時、そこに映っていたのは一生懸命走っているヒヨコのような姿。
昔から足は速い方ではないですが、現在太っている訳でもない為、あの頃とさほど変わってないだろうと思っていたのに…とショックでした。
※50メートル12〜13秒くらいでした。マズいです。
ここ数年でめっきりやらなくなった、反復横跳びや、ジャンプ運動も早速今日取り入れてトレーニングしてみた結果、普段使っていない部分が刺激されたのか、痛気持ちいい感覚でした。
足は人にとって最も重要なものであるのと、これから寒くなり、運動不足に陥りがちになる季節(冬)だからこそ取り組んでいきたいですね。
(自分が取り入れている)おすすめ下半身運動
お祭り、ハロウィンのような人が大勢集まるイベント後に気になるのはゴミが散乱状態となっていることです。私の家の近くにも神社があり、時々お祭りをしているのですが翌日そこを通るとゴミ箱から溢れて入りきれない量のゴミを見ることがあります。ペットボトルのゴミ箱に何故か瓶が突っ込まれていたりなど無法地帯状態です。一体どうしてこのようなことになるのか理由を考えてみました。
まず挙げられるのはゴミ箱が不足していることです。このようなイベントでは数多くの屋台があり飲み食いが終わった後にポコッと捨てるゴミ箱が存在しない、もしくは不足していることにより手荷物が無駄に増える状況となります。そうなると何としてでも手持ちのゴミを処分したい心理に駆られるでしょう。そこで人々は見てしまいます。ゴミが溢れれいるゴミ箱や、辺りに散乱しているゴミたちを。
人は無意識に散らかっている、汚れているところは何してもいいという考えになるもので、1人がこのようなことをすると次々と連鎖しその積み重ねがあのような状態になってしまいます。どうせ散らかっているんだからいいんじゃない?という状態に陥るのですね。
イベント以外でもこのようなことはあります。以前、とあるスーパーへ行った際に駐車場や周りに異常なくらいのタバコの吸い殻が落ちているのを見ました。さすがに拾った方がいいかなと考えました。しかし私もこのようにブログで偉そうなことを言っていますが見て見ぬふりをしているのが正直なところです。もしゴミを捨てるビニール袋などが手元にある場合は拾うよう心がけています。
このように誰かが身勝手に捨てたゴミは誰かが拾っているということを私たちは再認識していかなければいけません。
最近、また駐車場にお弁当のカラが捨てっぱなしだったのでゴミ箱に入れました。

当ブログの収益化をしたのが9月20日となっており、約2か月近くで得た収益をざっくりとお話しします。(規約などがあるのかはわかりませんが念のため大雑把に)
収益開始日から今日までの収益額は60円ほどです。まぁ、大きな額とは言えません。
9月20日から9月30日までの収益が20円ほどで、10月から10月月末の収益が30円ちょっとでした。
自分のブログ活動の結果の表れで、もうちょっと頑張っていればと思うこともありますが…。
当ブログへのアクセス数が一日20回ほど、日によってはアクセス数が40近く行くこともありますが大体20回が多く、少ない日はアクセス数が一桁、もしくは0の日もあります。10月は9月に比べ記事を作成できなかったのと、集客のために使用していたTwitterを削除し、ソーシャルメディアから当ブログへ訪問してくれていた方がいなくなってしまったのも今回の収益の結果に繋がっていると思っています。
それから詳しいことがわかりませんが月によって広告の単価?が違うらしくそれらも関連しているのではないかというのも考えられます。
しかし自分のような知名度、人脈があるわけでないブログ初心者のぽっと出が、少額であっても自分の力でお金を得たことによる喜びを感じることができました。やり方次第では今以上に収益を増やしていけるかな~。また収益だけでなくコメントも初めてもらい、誰かに自分の考え思いが届いた嬉しさからブログを始めて、続けて良かったと思いました。
何かをする際、計画から立てて実行に移すと言う人が大半でしょう。もちろんそれも重要なことですが、その時その時の気分や状況でやり方を変えたり、行動していくということも悪くないなということを今回の記事で共有したいと思いました。
自分は物事を始める際は、事細かく計画を立てるこ習慣がありません。どちらかというと何かしたいことが見つかったら深く考えずに飛び込んでいく方です。その分失敗することも多いんです。(汗)
例えば友人と遊びに行く場合、何時に何処何処へ行って、〜時に解散などは考えません。その時の気分や状況などを踏まえ基本ノリで動くので、几帳面の人からしたら野蛮、時間にルーズ、非効率に見えるかもしれません。仕事や学校であればともかく遊びに行くのにも緻密な計画を立てて行動するのは義務のようなものを感じ窮屈に感じてしまいます。僕個人の意見としては、楽しいことをしている時くらいルーズに生きていたいものです。
だからと言って計画を立てることを敵視しているわけではなく、事前にきちんと計画を立てることにより時間を有効に使うことができ、ダラダラせず効率的に動くことができるというメリットもあります。
しかし、計画を立てたとしても、思った通りにいくことはほぼありません。計画というのは言うならば理想であり、それらが自分が思い描いた通りにいかない場合には憤りを感じてしまうこともあるでしょう。そんな時に自分のやり方や、計画に囚われすぎると柔軟性が失われしまいます。中々難しいことですが時には思い描いているものを手放し別方向へ舵を切ることも大切なことだと思いました。
狭く深い関係を築くにはお互いが本音でいる必要がありよく言えば親密、悪く言えば隠し事なしの関係となります。浅い関係を重視している人にとっては息苦しい関係と言えるでしょう。全てを共有する少し束縛に近い状態です。
次に広く浅い関係は多くの友人を作るが、前者と違い距離を置いた付き合い方です。深い関係を構築したい人にとっては薄っぺらい、希薄(ドライ)な人間関係に見えてしまうこともあるでしょう。ほとんどの人はこちらに該当していると思います。
ではなぜ僕が狭すぎず、深すぎずの関係も1つの手だと思った理由、それはストレスを一番感じない関係だと思うからです。広い関係だとその分様々な人間がいるということ、つまり一人は必ず自分と合わない人間が存在するということだ。気の合う人とだけと付き合えるなんてことは生きていくうえで難しいことだが(特に仕事など組織では)、できる限り付き合う人は選択したいですよね。深すぎずな関係は一見孤独に見えがちだが、付き合う人が少ない、かつ自分が選んだ気の合う人である為衝突も起きにくいのが利点です。
次に深い関係だと、必然的に付き合いが増えることや、秘密にしたいこと、言いたくないことも言わないといけない空気になることがある。内向的な性格ではこのような関係は負担に感じるだろう。浅い関係は、言い換えれば上辺だけの関係。しかしそれが自分自身を保護するために必要なものだと考えています。年に数回会い、連絡を取り合い他愛のない話をする。そのような関係性が楽だったりする。
自分は学生時代、特に中学生の時は仲のいい友人とは放課後、休みの日はほぼ必ず遊んでいました。休日にひとりなんて考えられないと思っていた程に。高校に入学してからは住む場所が別の県に変わり以前のように休日に人と会うことはほぼなくなっていき、入学してからしばらくしてからは交友関係も少しは広がっていったが依然と比較するとその数は断然少ない。寂しくなかったかといえばウソになる。
今思うと学生時代の付き合い方は浅めの関係だと思います。会話の内容は年齢を重ねるにつれて変化していきますが、学生時代の会話の内容は、大人と比べると浅めのものが多い。趣味、ゲーム、ファッションなど。なので必然と楽しい、居心地のよい人間関係となります。
では大人はどうでしょうか。結婚、病気、政治、お金、仕事関係など深く、重めのものが多くあまり人に大っぴらに話せない内容だ。こういった内容をあまり知られたくない、話したくないといった人は自然と友達が減っていく。大人になると友達ができない、いなくなるという人が多いのはそういうことだと思いました。