ズキカのんびりブログ

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計画的に行きすぎるよりも大事にしたいこと

何かをする際、計画から立てて実行に移すと言う人が大半でしょう。もちろんそれも重要なことですが、その時その時の気分や状況でやり方を変えたり、行動していくということも悪くないなということを今回の記事で共有したいと思いました。

 

自分は物事を始める際は、事細かく計画を立てるこ習慣がありません。どちらかというと何かしたいことが見つかったら深く考えずに飛び込んでいく方です。その分失敗することも多いんです。(汗)

例えば友人と遊びに行く場合、何時に何処何処へ行って、〜時に解散などは考えません。その時の気分や状況などを踏まえ基本ノリで動くので、几帳面の人からしたら野蛮、時間にルーズ、非効率に見えるかもしれません。仕事や学校であればともかく遊びに行くのにも緻密な計画を立てて行動するのは義務のようなものを感じ窮屈に感じてしまいます。僕個人の意見としては、楽しいことをしている時くらいルーズに生きていたいものです。

だからと言って計画を立てることを敵視しているわけではなく、事前にきちんと計画を立てることにより時間を有効に使うことができ、ダラダラせず効率的に動くことができるというメリットもあります。

しかし、計画を立てたとしても、思った通りにいくことはほぼありません。計画というのは言うならば理想であり、それらが自分が思い描いた通りにいかない場合には憤りを感じてしまうこともあるでしょう。そんな時に自分のやり方や、計画に囚われすぎると柔軟性が失われしまいます。中々難しいことですが時には思い描いているものを手放し別方向へ舵を切ることも大切なことだと思いました。

人付き合いは永遠の課題

  • 人間関係を構築していくうえで重視していることは人それぞれだと思います。狭く深く付き合いたい人、広く狭く付き合いたい人。一方が悪いといった良し悪しを決めるわけではありませんが、色々と考えた結果、僕はその間を取って狭すぎず、深すぎずという関係を築くことも付き合いの1つかなと思うようになりました。

狭く深い関係を築くにはお互いが本音でいる必要がありよく言えば親密、悪く言えば隠し事なしの関係となります。浅い関係を重視している人にとっては息苦しい関係と言えるでしょう。全てを共有する少し束縛に近い状態です。

次に広く浅い関係は多くの友人を作るが、前者と違い距離を置いた付き合い方です。深い関係を構築したい人にとっては薄っぺらい、希薄(ドライ)な人間関係に見えてしまうこともあるでしょう。ほとんどの人はこちらに該当していると思います。

ではなぜ僕が狭すぎず、深すぎずの関係も1つの手だと思った理由、それはストレスを一番感じない関係だと思うからです。広い関係だとその分様々な人間がいるということ、つまり一人は必ず自分と合わない人間が存在するということだ。気の合う人とだけと付き合えるなんてことは生きていくうえで難しいことだが(特に仕事など組織では)、できる限り付き合う人は選択したいですよね。深すぎずな関係は一見孤独に見えがちだが、付き合う人が少ない、かつ自分が選んだ気の合う人である為衝突も起きにくいのが利点です。

次に深い関係だと、必然的に付き合いが増えることや、秘密にしたいこと、言いたくないことも言わないといけない空気になることがある。内向的な性格ではこのような関係は負担に感じるだろう。浅い関係は、言い換えれば上辺だけの関係。しかしそれが自分自身を保護するために必要なものだと考えています。年に数回会い、連絡を取り合い他愛のない話をする。そのような関係性が楽だったりする。

自分は学生時代、特に中学生の時は仲のいい友人とは放課後、休みの日はほぼ必ず遊んでいました。休日にひとりなんて考えられないと思っていた程に。高校に入学してからは住む場所が別の県に変わり以前のように休日に人と会うことはほぼなくなっていき、入学してからしばらくしてからは交友関係も少しは広がっていったが依然と比較するとその数は断然少ない。寂しくなかったかといえばウソになる。

今思うと学生時代の付き合い方は浅めの関係だと思います。会話の内容は年齢を重ねるにつれて変化していきますが、学生時代の会話の内容は、大人と比べると浅めのものが多い。趣味、ゲーム、ファッションなど。なので必然と楽しい、居心地のよい人間関係となります。

では大人はどうでしょうか。結婚、病気、政治、お金、仕事関係など深く、重めのものが多くあまり人に大っぴらに話せない内容だ。こういった内容をあまり知られたくない、話したくないといった人は自然と友達が減っていく。大人になると友達ができない、いなくなるという人が多いのはそういうことだと思いました。

心に余裕がなければ器量が狭くなっていく

人間、考え事や悩み事だらけになると自分でも気づかないうちに性格が悪い方へ変わっていくなと実感します。逆に楽しいことをしている時や前向きな気持ちでいると考え方もいい方向へと変わっていく。

この数か月、もやもやが大きくなりすぎて自分でも自覚があるほどに性格が悪くなっていました。(とはいっても過去にもそのようなことは何度もあった。)相手のちょっとした行動、言動が許せなく腹を立て、時には不満を口にしていました。また腹を立ててはインターネットに入り浸り同じようにイライラしている人を探すためネットサーフィンしたり。そのような状態になる時は決まって心に余裕がない時でした。日常生活、特に仕事中にそのような思考に陥ることが多くありました。例えばお客さんの会計が遅い、不愛想、返事をしない、作業の手を止められる。これらは業務中であればよくあることですがどうしてもイライラを抑えきることができません。器量が狭くなっているが故に相手の挙動一つ一つが許せない人間になってしまっていたのです。自分の心に余裕があればこのようなことに対しきっと何も思わない…とまではいかなくても愚痴をこぼす、著しくイライラすることまではなかったと思います。

このループを断ち切るにはどうするべきか?解消可能な悩み、不安事を少しずつ片づけていくこと。それから悪口を言いそうになった時、悪口大会になりそうな時にそこから距離を置くことが大切になります。

不平不満は底なし沼でとくにネガティヴな状態であればどんどん出てきてしまうもので、吐き出すことによって気が楽になることから気づくと抜け出せない状態に。悪口を言っている時、何故かスラスラと出てくるんですね。語彙力も上がる気がする。表情も悪い意味でイキイキ状態に。以前悪口を言わない代わりに紙に書いてみるといい(悩みも紙に書くことをおすすめします。)と教わり実際実践してみると口に出すよりかはまだマシだと思いました。しかしSNSに書くのはおすすめしません。その内容を見た人が寄ってきて輪が大きくなって…となると口で言っているのと変わらなくなるからです。悪口を言わない人間は存在しないと思うが程々にしなければ、そういう人間になってしまいます。

この世の中を生きていく秘訣はいかに自分自身の負担を減らすことかであります。

心の負担が軽くなればネガティヴからポジティヴになり他人に対し寛大になれるでしょう。何であんなことで腹を立てていたのだと思える日が来るかもしれません。

現在自分も考え、悩みはたくさんありますが解消方法を探していくことが重要だなと感じています。

なぜ私たちはSNSに夢中になる?

近年SNSの勢いが凄まじい。代表的なものをあげるとツイッター、ティックトック、インスタグラムなどがある。

SNSがこれほど人気、夢中になる理由を考えてみた。それは認められたいという気持ちと人との繋がりを求めているからだと思う。現実では友達が少ない人でもネットではたくさんの繋がりがあるという人も多いはずだ。

しかしSNSの悪い使い方も目立ちます。いいね欲しさに度が過ぎた言動で問題になることも増えている。よく起きてしまう迷惑行為なども自分を見てほしい、認識してほしいという気持ちの表れでしょう。結果、認識はされたが得られるものは何もない。それどころか失うものばかりだ。

一時期インスタハエという言葉も出回った。インスタ映えの映えをハエと置き換えた言葉である。当時は夢中になりすぎやろと思っていたが、今思うとそのようにいいね欲しさに躍起になるのも理解できる部分もある。自分がこうしてブログを書いているのも他人から認められたい、共感したいという気持ちから来ているからだ(正直)。

自分を求めてほしい欲求が大きくなりすぎるとかえって苦しくなってしまいます。また前回の記事でも書いたように、SNS上で人気、優れている人と比較し劣等感を抱くこともあるでしょう。人は皆、認められたいという気持ちを大なり小なり持っています。しかし本来楽しいものであるはずのSNSで辛い思いをしては意味がありません。そうなる前に、なってしまっている場合はSNSと承認欲求を手放す勇気を持つことが大切です。

私たちはSNSとの向き合い方を再確認する必要があるのではないでしょうか。

嫉妬の塊

今回の記事は、自分の悪い所をさらけ出すスタイルの記事となっております!

 

自分自身を見つめ直して気づいたことがある。それは嫉妬心、被害妄想が少し強い部分があるということです。この世の中には自分より優れている人間がたくさんいます。寧ろそういう人だらけです。具体的にいうと、能力、体格、人気、容姿などでしょうか。本人に対して口に出したり、攻撃的になることはありませんが無意識に相手と自分を比較をする癖がついてしまい、勝手に落ち込むというのがお決まりのパターンとなっている。なんだか自分が否定されたような感覚になるんですよね。被害妄想ヤバっ!

かといって焦ってなりたい自分に近づこうとしても、理想と現実の差がありすぎて余計に苦しむことになるという。生きるって大変ですよ〜!!*1

特にSNSを見ているとそのような感情になることが多い。多いフォロワー、優れた見た目、人気などを博している人がゴロゴロいる世界。特にブログをやっている自分からすれば全てを兼ね備えた彼らを見る度に羨ましさでおかしくなりそうになってしまいそうになる。一方的に嫉妬されて相手からすると傍迷惑な話ですわ!相手は何一つ悪くないという。人の成功を認められるような人にならなければいけませんね。

このままではいけない!と思い行動に出た。ツイッターはアカウントを削除し、インスタグラムも自分の知り合い以外の投稿は極力見ないことを心掛けるようにすると。

自分がなんだか生きづらいと感じる1つの原因に嫉妬深いところがあった。そういった負の部分を深掘りし、表面化することにより解決策を見つけ出すことが自分が生きやすくなることへの手助けとなるでしょう。

自分を愛することは大切。しかし、すぎるとダメなんですよね。うーん、難しいわ。

*1:;_;

SNSをやめてみた!

1週間前から体調を崩してしまいブログの更新ができなかったため、久しぶりのブログ投稿となっております。

タイトルの通り、SNS(ツイッター)をやめました。ツイッターを始めて10年以上が経ち、これまでの自分の生活の中心にいつもツイッターがいて、起床したらまずツイッターを開く生活。テレビを見ることもないため情報収集は基本ツイッターで行っていました。特にコロナが流行した頃から利用頻度が更に増していき、気づけばこの頃からよりネット中毒に陥っていったような気がします。

今やツイッターを使用していない人はいないのではないでしょうか。

ツイッターは魔境で一度開くと永遠に見てしまいます。自分が興味のある話題に手軽にアクセスできるのが魅力で、また面白いと思える投稿も数多くあるものやめられない要素の1つ。

しかしいいことだけではなく、反対に興味のないものや、気分が下がるような内容もどんどんおすすめに掲載されます。誰か分からないような人のレスバが流れてきたり、他人叩きなどが毎日毎日流れてくるのは精神的にいいはずがありません。しかしネガティブな内容ほど不思議と見入ってしまう悪循環。良くも悪くも人は議論をする、見るのが好きなのかもしれない。掲示板、ネットニュース、YouTubeのコメント欄が荒れがちなのはそういうことなのかと思うことがあります。

また最近は全く関係のない内容に、トレンド、#をつけて投稿するインプレッション稼ぎも目に付き肝心な情報にたどり着けないことが増えました。

見たくなくても見てしまうそんな自分に嫌気が差してしまい長年使用していたツイッターを手放すことにしました。自分の作成したブログを毎回ツイッターでもシェアしていてそこから自分のブログへ訪れてくれる方もいたためそこだけは痛いところ。

アカウントを削除してまだ数日間経ちましたが、意外にも不便さはなく、案外ないのならないなりに平気なのかもしれない。

ネガティブな感情が消え、心の豊かさを取り戻せるのならばツイッターの1つ手放したことに何の後悔も残らないでしょう。

【男性向け】光脱毛は効果はあるがおすすめできない

近年、女性のみならず男性の脱毛が身だしなみの一環として受け入れられる時代となっている。

今回の記事では髭の光脱毛を約2年通っての変化や感じたことを綴っていく。

 

タイトルの通り、光脱毛はおすすめできない。詳しく説明していく。

もちろん全く効果がないわけでは無く効果も実感した。照明を当てた部分も髭が抜け落ちる(ポップアップ現象)も経験し、薄くなった部分や生えてこなくなった部分もあり気持ち髭の剃り心地も変わったような気がした。

しかし前提として光脱毛は抑毛、減毛である。そのため髭剃り自体は続けなければいけない。完全に生えてこないようにしたい、ハイジニーナ状態にしたいのであれば医療脱毛一択だ。

また光脱毛は通わなくなると、脱毛の効果があった部分から再び生えてきてしまう。(1ヶ月ほどで元通りになった)このように永久的に通わなければ今までの過程が水の泡になってしまうのだ。

恐らく脱毛を考えている人は髭に悩んでいる人で減耗ではなく永久脱毛一択の人が大半だろう。しかし医療脱毛は人によっては気絶する程痛いという説もあり手を出しにくい人もいるでしょう。僕が経験した光脱毛でも、一番高いレベルの出力で打ってもらったがかなり痛みがあった。医療脱毛を行う勇気がなかったため光脱毛にしていたが、どうせ痛いのであれば医療脱毛にしておけばよかったという気持ちはある。

費用に関しては一回の照射は光脱毛が断然安いが、半永久的に通わなければならない光脱毛と一回の費用は高いがより効果が実感できる医療脱毛、長い目でみると断然医療脱毛の方がお得である。

 

髭も髭で要らないから剃ってるわけなので学習能力持って生えてこないでほしい。

必要ないという意識をもってほしいものだ。