ズキカのんびりブログ

ブログ訪問ありがとうございます。

’好き‘’は物事を続ける動機になる

このブログを立ち上げて早3ヵ月が経過し、現時点で40記事以上作成することができた。特に今月はあちこちと各地を回っていて、それらの様子や思ったことなどたくさんの記事を書くことができるいい機会であった。3ヵ月が90日でその内40記事というのは更新頻度が特別高いとは言えないが現在に至るまで継続出来ているということに自分でも驚いている。何故なら自分はすぐに結果を求める傾向があり、目に見える結果がでなければすぐに投げ捨てていた可能性があったからだ。文章を書くことが好きという気持ちを目先の結果より重視していたことも続けられた理由の一つで、なんだかんだ好きでないと物事は続けられない。好きでないが目的のために仕方なく、嫌々でという動機ではやる気を維持することは難しいと実感した。楽しんで取り組むことが重要なのです、何事においても。そして何より少人数であれ、自分の記事を見て反応してくれる人の存在も大きい。ほんの少しでもリアクションがあればもっと頑張ろうという気持ちになるものです。

毎日当ブログへのアクセス数を見ることが楽しみ、日課となっている。経営者が売り上げをチェックしたり、投資家が株価を確認するのと同じ感覚だろう。アクセス数が多い時は3桁を記録したこともありそれと反対に1桁、上手くいかなかった時は0回という日もあった。そういったことがあることによりどのように工夫したらアクセス数が増えるかなどを考えるきっかけになる。まだ具体的な案は浮かんでこないが…。

このようにブログを続けたことで嬉しいことがあった。こちらは次回の記事でお話ししたいと思います。

今日も当ブログを閲覧いただきありがとうございまーす。

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苦手なことに挑戦した

普段パソコンからからブログを書いているのですが、今回は気分転換?笑でスマートフォンから投稿しています。

今日の題名である苦手なことに挑戦したについて。

これまで苦手だったバナナを克服したいとふと思い食べてみた。バナナを食べれない、苦手だと言うと必ずと言っていいほど周りの人から「ウェッ!?」と驚かれたものだ。苦手である理由は、「ヌチャッ」とした食感と食べた後の後味が何故だが合わないからである。それでもヨーグルトに入っているタイプは問題なく食べることはできた。トマトはダメやけどケチャップは大丈夫みたいな感じか?よう分からないけど。最後に食べたのは覚えていないくらい前のため、恐らく食わず嫌いの領域に達していたと思う。

ではなぜ今回バナナを食べようと思ったかというと、以前知人から「バナナ食べるのはメリットあんで」とよく言われていたことをふと思い出し、インターネットで検索したところ筋トレも定期的に行う自分とってにうってつけの食べ物であることを知ったからだ。疲労回復や、消化にもいいという疲れやすい自分こそ食べなければならなかった神物だった。

それから自分は食べ物に関してかなり保守的であると自覚していて、周りからおすすめされた場合でも「食べたことがない」、「なんとなく好きじゃない」という理由で食べることを拒み続けてきた。今回ふと思い浮かんだバナナ。ここで挑戦しなきゃダメだという気持ちも自分を後押ししてくれた。口に入れるまでは多少の勇気が必要であったが食べてみた結果、「あれ、悪くないじゃない?これ。」と思った。

食べれるものが増えると身体に重要な栄養素を取り入れることが可能になり、食事の幅が増える。食は基本どうでもいい、腹さえ満たせればそれでいい、食わず嫌いという考えを改め直すきっかけになった。食わず嫌いと言われる度に躍起になって否定していたが、僕は食わず嫌いでした!

またこういったふうに何かを少しずつ克服することによって自分に対しての肯定感を上げる効果も期待できます。

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今日食べたバナナ。

本は人生を豊かにする?

自分は本屋が苦手である。しかし本を読むことは嫌いではない(小説を除く)。特に参考書を読み漁ることが好きで頻繁に購入している。ではどうして本屋が苦手やなのかと言うとその理由は単純に本屋での立ち読みが苦手だからだ。なんて子供みたいな理由ではあるが立ちっぱなしという動作がどうにも慣れず、座りたい衝動に駆られるのだ。だからといって地べたに座りながら読むのは行儀が良くない上にそれをしてしまうともはや立ち読みではなく座り読みとなってしまう。それにしても座り読みって…語呂が悪いですね。

そのような理由で本を読むことを避けていたそんな僕が本を読むようにしたいと思ったきっかけは自分がブログを書き始めてからだ。特にエッセイを読むことが多い。自分が扱っているブログのジャンルが雑記なのもあってか、ありのままの気持ちを綴ったものが好きなのだ。昨日も本屋へ行き、これまで近づきくことが無かった副業系の本を読んでみた。お堅い、堅苦しいものは苦手の為、読みやすくイラスト付きのものだ。本を出すほどの実力者だ。読んでいて面白い。

本を読むことで得られるメリットは、文章を書く上で欠かせない語彙力を取り入れることが出来ることだ。自分はブログを書く際に読みやすさ分かりやすさを重視している為なるべく難しい言葉は使用しないよう意識しているが、それでも面白い言い回し、独特な表現があれば参考にするようにしている。思わずクスッとなる要素も文章を書く上で必要不可欠だ。

本と人との出会いは似ている。無数に存在する本の中から手に取った1冊は奇跡なんだ。自分がこれまで思いつきもしなかった新しい考えを手に入れることもできる。この思考は斬新やなぁ~といったものも多数あり人生の知恵、手助けになる。これらは立ちっぱなしで疲れることよりも得られるものの方が大きい

これまで本屋へ行くことがあまりなかった人は行くことをおすすめしたい。先ほど挙げた本を読むことによって得られることは多数あり、適度な外出にもなる。また(特に座りっぱなしが多い人は)脚力も鍛えられる??こと間違いなしだ。

次から本屋へ行くときは腰のサポーターをつけて行こうかな。

 

最後に自分が購入したおすすめの本を紹介したい。

年収90万でハッピーというパンチの効いたタイトルになっている。

約三年前に出会った本で、自分の一人暮らしすることを決心させてくれ、これまで心の片隅にあったこうして生きるべきなどという観念に風穴を開けてくれた作品だ。今の自分の生き方に大きな影響を与えてくれました。

 

悩みがあるとき、考え事をするときは〇〇するのがいい

私たちは生きている中で上手くいかなかったり、悩んだりと壁にぶつかることがたくさんありますよね。そんな時みなさんはどうしますか?

僕がそのような状況に直面した時にやっていることをお伝えしたい。参考になっていただければ嬉しいです。いくつかを書き出し、それぞれを簡単に解説していく。

  1. 家に中に引きこもらない
  2. 歌詞無しの音楽を聴く(BGM、インストゥルメンタル)
  3. 目的先を決めず散歩する
  4. 公園に行く(又は自然に触れる)
  5. 人に無理に会わない、話さない、打ち明けない
  6. スマホソーシャルメディアは遮断する
  7. 独り言を言う

1番の解説。何か思い詰めている時に家にいると悪い方に考えが傾いていくことがある。閉鎖的な空間がそのようにさせているのだろう。数時間でいいので家から出ることをおすすめする。

2番の解説。歯科クリニックや眼科などに行った際何故か落ち着くなと感じることがあると思う。その理由はBGMであることに気づいた。そこではオルゴール調の音楽がかかっており、歌詞の入った音楽が流れることは無い。逆に活気のある場所、スーパーや繁華街などでは店内放送、音楽、宣伝などがひっきりなしにガンガンかかっている。それらが落ち着くかと言われると「はい」とは言えない。音楽と精神状態は密接に関わっていると言える。

3番の解説。こちらは軽い運動を取り入れることで気持ちを少しでも紛らわす、心を良い状態を保つためのものだ。筋トレやスポーツといった激しいものでなく散歩という負荷が少ない運動であり、道具も必要ないため手頃に行える。2番でお伝えした、BGMと一緒に取り入れると更にいいでしょう。

4番の解説。こちら自分も最近取り入れているもので、早朝、夕方や、夜、人が少ない時間に公園のブランコに腰掛け、ぼーっとするか、考え事をまとめる。家で考え事をするのと不思議と気分が全然変わる。最近は日中以外は涼しくなってきたので今がちょうどいい時期だ。またブログがうまく書けない、思いつかない時もよく公園に足を運んでいる。不思議と案が浮かんでくることがあるのだ。

5番の解説。人は悩みを抱えた時、誰かに話すことを推奨される。一理はあるが僕は人なんでもかんでも人に話す必要はないと思っている。悩みを打ち明けたところで、的外れかつ不本意なアドバイスを受けることもあり、余計にストレスが募ってしまうことも少なくない。自分のことを一番理解できるのは自分自身だ。しかしもう自分で手に負えないというところまで来たらその時は無茶せず話してみるのもいいだろう。(おすすめは友達、同僚などよりも親、心理カウンセラーの方などのほうが理想だ。)

6番の解説。こちらは超重要です。インターネット、ソーシャルメディアでは何故かネガティブな内容が流れ込んでくる。特にツ〇ッターはその傾向にある。おすすめで流れてくるものはほぼ全部自分が見たくないものばかりだ。しかし不思議なことにそういうものほどどんどんどんどん見てしまうんですよね。気分も下がる、時間も無駄になるので見てはいけない(断言)。知〇袋もダメです。人の気持ち、状況も知らずに書きたい放題書いてある、他人に厳しすぎます。

7番の解説。5番でお悩みを打ち明けないについてお伝えした。ならば自分と会話をしてみましょう。いわゆる自問自答だ。今年の目標として独り言が多すぎるためやめるということを掲げていたが、独り言、つぶやきは大事である。紙に自分の思っていることを書き出す行為と似たようなものだと感じた。人に言わずも吐き出すということは重要なのかもしれない。

 

自分はこういうことやってるよー、これおすすめだよーとういものがあれば是非教えていただきたいです。いいと思ったら取り入れていきたいと思います。本日も当ブログに足を運んでいただきありがとうございます。

大人になると笑えない、楽しいと思えることがなくなる

ここ数年、過去の自分を振り返ることが多くなった。楽しかった思い出や大変だったことなど様々なことを。自分は特別明るい人間ではなく、どちらかと言えば暗い部類の人間であるが、それでも学生時代の頃は今と違い笑うことは多かったように思う。それが今では見る影もない。大人になると人生がつまらないという意見はよく聞くのではないでしょうか?ではなぜ成長するにつれそのような状態になるのか考えてみた。

大人になるにつれ笑うこと、楽しいことが少なくなるのは、好奇心がなくなること、子供のままではいけない、大人にならなければいけない、社会とはこうあるべきだという圧力であると思っている。よく聞くのが学生気分はダメだ。などが代表的なものである。そのようなことを言われ続けたり、そうでなければいけないと思い続けていると人間は本当にそのようになっていくものである。大人になると本音を隠し、自分が悪くなくても謝らなければいけないなど理不尽なことばかりが重なれば心が消耗するのは当然だ。そのようなことを社会とはそういうもんだという言葉で済ませてはいけない。その点、子供や学生たちを見ていると彼ら彼女らは本当に楽しそうに見える。もちろん思春期であったり年代特有の悩みはあるだろうがそれでも今この瞬間を生きている姿から見習うべき点はある。

街を歩いていたり買い物をしていると子供大人問わず楽しそうに笑う人や、笑い声が聞こえてくることがあり、元気だなぁ(皮肉)という気持ちになることがたまにあるがそのような気持ちになる理由は自分でも知っている。それはその人たちに対する羨ましさ、嫉妬から来ているものだと。自分が充実してないから故に他人を羨んでいるのだ。良くないよ。やめよう、こんな考え!。最近の自分は笑うことや、はっちゃけることをしていないせいか心から笑えず、笑おうとしても顔が引きつることばかりだ。11年来の友達と最近会って楽しいはずなのに笑おうとする際に顔が引きつっているのが自分でも分かってしまった。こりゃ重症や、あかんと思った。ふと自分の笑っている顔を鏡で見てみると口だけ笑っていて目が全く笑ってないことに気づいた。体が動いていても心が死んでいれば生きていないのと同じだ。楽しいはずなのに心から笑えないのは正直辛い。まだまだ時間がかかりそうだ。

では大人になっても人生を充実させるにはどうしたらいいだろうかとずっと考えてきた。それは物事に対して興味、好奇心を持つこと。この年になると色々な年代の人と話すことが増える。その時に自分は物を知らなすぎて会話にならないことがあった。映画の話、アニメの話、美味しい食べ物の話など。旬の食べ物なんて言われても全く分からない、ワンピース、鬼滅、ドラゴンボールなど人気アニメも全く分からない、映画タイタニックやETなど誰もが知っている作品も見たことがない。全て興味がないという理由で。今までどうやって生きてきた?と聞かれることもあったが、思え返すとゲームしかしてこなかった。決してゲームが悪いわけでないが、自分自身薄っぺらい人間になっているのは確かだ。映画や食べ物といった感情に大きく触れる経験が少なかったことが今の自分を作り出してしまった。興味ないという一言で片づける、否定してしまうのは非常に簡単だ。案外やってみると面白かったりするものもある。

最近知った言葉で無キャという言葉がある。意味はうまく説明できないが何か熱中しているものも無く、所謂中途半端な人間といったところだろうか。この言葉を聞いたときにまんま自分のことだということに気づいた。現在自分が持っている趣味は、ゲーム、サッカー、筋トレ、最近はできていないが語学勉強くらいだ。昔はそこにファッション、韓流アイドル、音楽であったりなど現在より充実していたあの頃のような気持ちを忘れてしまっている。今自分がするべきこと、したいことは今よりも興味の幅を広げ知識をつけること、楽しいことを見つけることだ。染みついてしまった癖を直すことは簡単なことでないがちょっとずつ取り組んでいければと思う。このようにブログとして文章にすると少し心が軽くなるような気がします。

旅記録(香川県) おすすめスポット👆

前回、世界の中心で愛を叫ぶのロケ地となっている庵治町についての記事を投稿しました。今回の記事も引き続き自分が訪れた庵治町内に存在するおすすめしたい場所についてお話ししたい。写真が主で文は短めとなっています。

まず最初におすすめしたい場所が「あじ竜王山公園」(りゅうおうざん)だ。高台に位置しており到着するまでに少し距離はあるのと、道幅が狭目、カーブが多めとなっている為運転の際は注意が必要となる。たどり着くと瀬戸内海や数々の島(小豆島など)見晴らしの良い景色を楽しめ、また徒歩で展望台まで登ることで更によく見渡すことが出来る景色が待っている。現在9月とはいえまだまだ暑く、このような炎天下で登るのは一苦労ではあるが試してみる価値は十分にある。車はもちろん、バイクや自転車で訪問している方も数人おり駐車場も広く、駐車するのに困ることは無いだろう。

あじ竜王山公園

次に紹介する場所が城岬(しろばな)公園、純愛ロードだ。随所にハート型の石像が設置しており、またハートのベンチや愛を綴った石碑もある。歩いているだけで、見ているだけで気持ちが浄化されるような、キュンとするような、そんな気持ちになる場所。純粋な愛とは尊いものでそのようなお互いに思い合う感情というものはいつまでも大切にしたいものだ。恋人同士や、夫婦で訪れてほしいスポットだ。正式に付き合う前のデートとして訪れるのもいいかもしれない。

城岬公園 純愛ロード

変わりたいという気持ちは大事、それでも…

人間は強い意志があれば変わることはできるかもしれない、しかし根本的なものは変えることは難しいと学んだ。それを変えようと努力すればするほど本来の自分との違いに苦しみ、自分自身を見失ってしまう。今回僕は色々な人と交流を図ってみたい、少しでも明るい人になれたらなという理由で旅を始め、たくさんの人に自分から話しかけようと試みたものの結局自分に合っていなかったのか気持ちに大きな負担がかかってしまい、明るく振舞おうと必死になってもどこか無理している感じが自分でも分かった。羽がないのに空を飛びたいと思うようなものだ。高校時代は定時制で少人数だった為、場を盛り上げたいという気持ちで行動しムードメーカーなんて言われることもあったがそれは少人数だからであった。大学時代はしっかり地蔵と化していた。井の中の蛙というやつです。

これまでの人生の中でいると周りが明るくなる、安心感がある。そのような影響力を持っている人に出会ってきた。そんな彼らの共通しているのは声に張りがあり表情豊かであった。どれも自分にはないもので時に圧倒されるくらいに。眩しい。幼いころに親に暗いと言われたのを覚えている。楽しいと思っていたとしてもそれを全力で表現することが難しいのです。恥ずかしいとかそういうものでもなく一言で片づけると性格的に。皆自分のことをシャイと呼ぶがそれは違う。悪くいうと根暗でごわす。クールキャラという立ち位置になれたらいいもののクールとはまた違うんだよなぁ。きっと周りの人も気を使ってくれていて実際僕といて、話していて楽しいと思っている人は少ないと思う。そりゃぁリアクション豊かであったり話術があり話が面白かったりする方が一緒にいて楽しいに決まってる。きっと自分は誰かを照らせる存在、主役にはなれないのかもしれない。サッカーで例えると自分は、独力で点をもぎ取り周りに貢献するエースストライカーやチームを鼓舞するキャプテンタイプではない。もっと分かりやすく有名どころ言えば、本田圭佑選手長友佑都選手川島永嗣選手といったようなタイプとは正反対の人間である。僕は複数人になると空気と化す為、花形ポジションにはなれない。ましてや組織を盛り上げ引っ張るタイプでもない。いやちょい待ち何で急にサッカー出てきた⁉ってなると思うがすみません。サッカーが好きなもので…。やはりこのような特性を持つ人は注目度も高い傾向にあり、やはり人気者だ。

あまりに自分にかけ離れすぎた理想を抱いてしまうと苦しむことになってしまう。だからといって挑戦せずに終わるのも嫌。自分が出した答えは無理だと思っても挑戦したいと思ったら一度行動に移してみる。それで自分に向いてない、合わないとなったら無理して続ける必要はなく即座に方向転換する。この切り替えが重要となってくる。病んでしまうことのほうが辛いからだ。言い出しっぺ、口だけと思う人もいるかもしれないが、一番大事なものは行動に移したということである。